労働省(現厚生労働省)認定の印章教科書には、
第4章 彫刻法の最後に
「良い印章の条件(印影)」と書かれています。
(印影とは、押し型のことでハンコを朱肉で
押したものを指します。)
1.取り扱った文字に無理のないもの
2.造形的に打たれるもの。
3.刀意が生き生きと印面に躍動し、しかも
内に力をセーブして上すべりをしていな
いもの。
4.配字組立が功妙で破たんを感じさせないもの。
5.気品のあるもの。
というように、職人として目指すべき指針があり、指導者や第三者の評価にもなります。
この第三者こそ消費者の評価であり、良い印章を見極めるということにつながります。
別の言い方をするなら、
消費者が良い印章を作らせる原動力になると言えます。
1.取扱った文字に無理のないもの。とは?
道理のある「正しい文字を扱う事」と言い換えることができると思います。
たとえば、「玉」「王」は、共に部首は玉部であり。
玉は形を見ると王のようになり。一方、王は、3画目の横画の位置が中心より上にあることで王と読むことができます。これは、印鑑の文字に多く使われる篆書体という文字の約束事で勝手に解釈を変えることはできません。
印鑑の書体として使用されることが多い印相体の場合、文字の約束事を第一義としていないために、正式な書体とは言いがたいものです。
2.造形的美に打たれるもの。とは?
文字という素材に、美的な形を与えることで生まれる思いや感動とも言えるでしょうか。文字という素材同士のバランスを整えることなども含まれるでしょう。視覚的に解かりやすい例として、凛の文字を行書体を使って説明します。一文字の場合は比較する対象がないので無難に収まりますが、②や④などの場合は画数の少ない「子」が大きくなりバランスが良くないため、修正する必要があります。
③や⑤のようになれば、文字同士のバランスが整ったことになります。
3.刀意が生き生きと印面に躍動し、しかも内に
力をセーブして上すべりをしていないもの。とは?
実際に彫ったもので説明します。左は、荒彫りのまま朱肉で捺したもので、
右は仕上げてから朱肉で捺したものです。
A2は普通に仕上げてありますが、B2は、線にキレが出るよう仕上げてあります。線の始まりと終わりに注意して見ると仕上げ方の違いが判ると思います。
刀意が生き生きと印面に躍動とは、まさしく、線のキレを如何にして表現するかと言うことです。
線質の硬軟により、如何に空間に響かせる事ができるのかが大切だということです。
次に、しかも内に力をセーブして上すべりをしていないものとは、自由に線を伸ばし過ぎず、線質及び線の流れが、筆で書くように自然さを保つことということです。
配字組立が巧妙で破たんを感じさせないもの。とは?
配字組立とは、文字を全体にバランスよく配置しながら、枠を含めそれぞれの文字の空間スペースを整えること。
参考例(印の文字は、「間是」を1行目に、宝(寶)を2行目に配置した3文字印文)
Aは配置組立にバランスを欠いた例で、
①宝の文字が1行目に比べ下がって見える。
②枠と文字との空きが狭く、逆に行間が広く見える。
③宝の重心が低く、また、貝が大きく見える。
などを修正すると、Bのようになります。
印章のバランスにおいては、枠も文字の一部であり、
余白との折り合いが重要だということです。
5.気品あるもの。とは?
最後に、気品あるものについては、「上品なおもむきを感じさせてくれる」ものです。
1から4までは、努力の積み重ねで十分会得できると思いますが、気品については、なかなかこうだという解説は出来かねます。
あえて文字にするなら、
弛まず努力を積み重ね、無欲の心持ちの末、現れるものでしょうか。
以上、数多くの職人が良い印章を彫る指針として、技術という面で目指している一端です。